映画『アマデウス』は、日本人がそれまで抱いていたモーツァルト像を180度ひっくり返しました。
孤独で哀しく、それでいて力強く、清らかで、というモーツァルトのイメージは、日本人の場合、小林秀雄によってうえつけられたものといってもいいのですが、それはさておき、あの映画では、モーツァルトの遺体は、集団墓地みたいなところに、無造作に投げ捨てられるように埋められていました。
じっさいがどうだったかは、もはや永遠の謎。少なくとも、これがモーツァルトの遺体だ、と断言できるものは残っていません。
というのも、葬儀はおこなわれたものの、墓地までいき、埋められるところを見届けた人は、ひとりもいなかったというのは、本当のようなのです。
映画にも描かれていましたが、晩年(といっても、わずか35歳での死でした)のモーツァルトはお金に困っていました。死んだときも、ほとんど現金はなく、妻のコンスタンツェとしては、立派な葬儀をしたくてもできなかったようです。
そこで、もっとも安い費用であげることになり、ウィーンの聖シュテファン教会まで運ばれた遺体は、その礼拝堂で祝福が与えられると、霊枢車に乗せられ、ウィーン郊外の聖マルクス墓地へ運ばれました。教会には多くの参列者がいましたが、墓地までいっしょにいったものはひとりもいませんでした。
あまりウィーンの人々は遺体とか墓に執着しなかったのでしょう。
モーツァルトの墓はどこだ、どこに遺体は眠っているのか、と騒ぐのは、死後200年たって、にわかファンになった日本人観光客くらいらしいのです。
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