源義経と別れたあとの静御前の消息

以前どこかのメーカーの洗濯機の名前に使われていましたが、静御前(しずかごぜん)といえば、源義経の恋人です。
義経は平泉で死んだことになっていますが、その後、北海道に逃げただの、大陸に渡っただのと、歴史家は相手にしませんが、俗説は多く残っています。
その恋人の静御前も負けてはいません。なんと、そのお墓だけで、全国各地、有名なものだけでも9つもあります。京都、奈良、兵庫、徳島、香川、新潟、埼玉、群馬、宮城の各府県です。
もともと義経についての史料そのものが少ないので、静御前についても、はっきりしたことはほとんどわかっていません。
義経が京都をでて九州に向かい、そこで頼朝との戦いの準備に入ろうとしたとき、いっしょについていったのはたしからしいのです。ところが、暴風雨のため九州にはいけず、吉野山中に入ることになりました。
だが、吉野山中は女人禁制。義経は京都に戻るようにいいました。これが、ふたりの永遠の別れとなります。
その後、静御前は捕らえられ、鎌倉へ連れていかれ、義経はどこにいるのかと尋問されます。しかし、とうとう口を割らず、釈放。ここまでは、歴史に残っています。
それからあとは、まったく不明。なぜか全国各地に墓が残っているだけです。

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