悲願達成なるか、決勝トライの行方は……

1991年1月8日、秩父宮ラグビー場、メインスタンド最前列で三洋電機の宮地監督はノーサイドのコールを待っていました。
後半40分、スコアは16対12、5分後には打倒神戸製鋼の悲願達成か……。チームができて30年、5度目の決勝進出にしてはじめて全国社会人大会の王座を手にすることができるのです。
「ヨシ、いいぞ」そんなさけびが何度も監督からあがりました。だが、電光掲示板の時計が42分をすぎたとき、宮地監督にとって生涯忘れることのできないドラマの幕が開いたのです。
最後のプレイ、神戸製鋼のスクラム。だされた球を藪木がとる。三洋の日向野がタックル、バウンドした藪木のパスを神戸製鋼主将の平尾がさっと拾う。平尾はイアン・ウイリアムスにパス。イアンは走りました。なにしろ、100メートルを10秒8で走る俊足の持ち主です。必死に追う三洋。青ざめる宮地監督。みるみるうちにゴールは近づきます。50メートルを独走してトライ。
悲鳴と歓声が入りみだれて、スタンドはまさに興奮のるつぼ。このとき時計は43分でした。だれも予期せぬ逆転負けに宮地監督は言葉もありませんでした。三洋電機にとっては悪夢、神戸製鋼にとっては奇跡のドラマであったのです。

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