伝説のヒーローを生んだ1レースがもたらしたこんな悲劇

1965年、千葉県船橋市の船橋へルスセンター敷地内に船橋サーキットが開設されました。このサーキットは67年には閉鎖されてしまいましたが、2年間という短いあいだに浮谷東次郎というヒーローを生みました。
以下、ヒーローの誕生劇(?)を紹介しましょう。
サーキットのオープニングレースとして全日本自動車クラブ選手権レース大会(通称CCCレース。2.4キロのコースを30周するレースで、80台の車が出場)が開催されました。その日、浮谷は、トヨタS800で参加。運悪くスタートと同時に雨が降りだし、コンディションは最悪です。
浮谷は4周目にピットインして、3位から12位に転落、トップからははやくも1周近くも離されるという状態。しかし、彼はここで焦らず、ひとつひとつ確実に順位をあげていく戦法にでました。雨のなか、1周ごと順位をあげてくる浮谷。
レース中盤の13周目ごろには浮谷の激走に気づいた観衆が彼の車がくるたびに拍手をおくりはじめ、浮谷の車とともに拍手はコースを1周、2周……。そして23周目には観衆のわれんばかりの声援のなか、ついにトップに立ちました。そこからはみごとな独走、優勝をはたしたのです。
このレースが浮谷のその後の人生にどのように影響したのかは定かでありませんが、浮谷はこのレースの1か月後、練習中の事故で死亡してしまいます。ところが早すぎる死によって、かえって彼の感動的なレースはファンの記憶に深く刻まれたのでした。

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