あるカメラ会社の命運をかけた副社長の英断とは

1981年のある日、ミノルタの社内にある会議場では、激しい議論が戦わされていました。
この日、開発部門が新商品として販売側にみせたのは、なにやらカメラのボディらしきものからコードがのび、大型のトランクにつながっているというもの。
ひと目みた人びとが「なんなんだ、これは!」とさけんだほどの不思議な代物でした。ところが、開発側は、
「このトランクにおさまっている機能を、そっくりボディに組みこむのです。われわれは、いままでにない、一眼レフのオートフォーカス化を実現しようと思っているのです」
と、堂々といってのけたのです。
いまでこそ当たり前のように思われていますが、当時、一眼レフのオートフォーカス化を実現することは考えただけでもたいへんなことでした。しかも、マウントを変更しなくてはならないから、これまでのレンズがいっさい使用できません。当然、販売側は強く反対しました。
ところが、そのとき、田嶋英雄副社長(当時)が、きっぱりとこういったのです。
「これが実現できるかどうかは、技術畑でない私にはわからない。マウントの変更がユーザーの反発を招くのではないかという販売面の心配もよくわかる。しかし、開発部門はぜひやりたいといっている。ここは彼らにゆだね、それを盛りたててみるのも、ひとつの方法だと思う」
その結果誕生したのがオートフォーカス一眼レフα7000。おかげでミノルタは、一眼レフのシェア5〜6%から、一挙に25.6%まで上昇、市場占有率において、大逆転をはたしました。社運をきめた大きな一言だったのです。

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