奈良時代の遣隋使は、いわば中国に向けた外交使節団。日中間で対等の外交関係を樹立することが派遣の目的でした。では、はじめて異国を訪問したとき、言葉の問題はどうクリアしたのでしょうか?
それは、遣隋使船の乗船リストをみると、すぐに解明します。奈羅訳語恵明、新漢人大国、新漢人広斉、滋賀漢人恵隠……いずれも、日本人名とは思えない人が数多く乗船していました。彼らは、遣隋使の派遣以前、4、5世紀ごろ、日本に渡ってきた帰化人の子孫と考えられ、彼らが通訳として使節団に随行していたようです。
こういう人々の先祖は、日本に紙や陶器の技術をもたらした人たち。この人々の存在なくして、小野妹子ら遣隋使の成功はなかったようです。
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