旧式になったバスのその後の人生とは

古くなった車が、東南アジアにどんどん輸出されています。日本では廃車寸前の車でも、東南アジアの地方都市では、まだまだ使えると大人気なのです。
また、東南アジアの人たちは、廃品利用が、なかなか上手い。部品が不足しても、ちょっとした工夫や代用品をつかって、立派に走らせてしまいます。いまでは、「○○工務店」などと、日本語の書かれた車がなかなかオシャレと、ブームにすらなっています。
さて、東南アジアへ運ばれる車は、乗用車やトラックだけではない。古くなったバスも、東南アジアの田園地帯を走っています。もっとも、ベトナムやラオスでは、車が右側通行。乗降口を反対側につけ、さらに、運転席に、直接乗り降りできるドアをつける改造をおこなっています。
ラオスでよくみかけるのが、緑色をした京都の市バス。乗降口が改造されていましたが、車体に「京都市交通局」の文字をつけたまま、走っていました。なかには、表示の行き先が「稲荷駅」となっていて、思わず伏見の町並みを思い浮かべさせてくれたものもありました。
また、ラオスの田舎で、同じ京都の市バスの行き先が、「サイゴン」になっていました。つまり、京都の市バスが、ベトナムのサイゴン(現ホーチミン市)で使われ、それがまた、ラオスの田舎で使われているのです。
どんな日本の政治家が東南アジアを訪れるより、これらのバスや車が外交に寄与している功績は、はかりしれないものがあります。

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